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 Flexaretは、このあたりのカメラ好きの人なら、それがMeoptaというチェコスロバキアの国営光学機器会社で作られた2眼レフというのは当然のように知られている。
 その原型になった会社がOptikotechnaという会社だというのは、それなりに知られているかもしれない。Meoptaという会社自体が第2次大戦後、社会主義経済になった後、いくつかの光学会社を統合して作られた会社で、その中心になったのがOptikotechnaだから、Flexaretも旧OptikotechnaのあったPrerovの工場で作られて行く。

 そのOptikotechnaの前にJan Bradacという会社があった。そこで最初に作られたのがKamaradという2眼レフであった。会社が設立された1936年、その年にKamaradも生まれた。
 その後1937年にKamarad M2が生まれる。ここで紹介するのも、そのKamarad M2である。
 なんと幸運なことに、このレアなカメラを2台入手することができた。

 1台目はプラハのカメラマーケットで入手する。よく出店している人で、郊外でペンションを営むライカマニアのオジサンのところでだ。このオジサンはバルナックライカ以外は興味ないということだが、なかなか面白く程度の良いカメラを出店している。RetinaやExaktaなどいくつかこのオジサンから入手している。
 
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 当初は正面の上部にある銘版がないからなんのカメラかわからなかったが、どう見てもチェコスロバキア製の、しかもFlexaretよりも古いものを感じたので、値切って入手した。
 帰宅して資料をみるとKamarad M2ということが判明した。

 銘版があるものをできたら入手したいと思ったが、この位のカメラになると、そう簡単には出てこない。とうにあきらめていた頃、ブルノの顧客を訪問し、帰りにブルノ市内のアンティークカメラを覗くと、まさにもっと状態の良いものを見つけた。

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 その佇まいはスマートで同時代のRolleiflexよりかなり洗練されている。正確なことは知らないがRolleiflex Standardの時代だと思う。フイルム送りも最初の1枚だけは赤窓で合わせるがその後はオートマット、時代の先端を歩んでいた。レンズはTrioplan,80mm,F2.9. この点でも当時のRolleiflexより上をいっていた。

 このカメラをだした翌年の1938年、Autoflexを出品。同年にようやくFlexetteを出品するも、経営状態の悪化で、生産はOptikotechnaに引き継がれ、その後のFlexaretと展開していく。

後年のFlexaretも良いカメラだが、このKamaradの思想のまま、発展していったら独自の高性能な2眼レフが展開していったかもしれないと思うと残念だ。

しかしOpemaのように短命で終わってしまった可能性もあるし、その後東欧の定番カメラに成長していったのだから、このカメラも恐竜の巨大化のように、その進化の一部と考えても良いのかもしれない。


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by shangkato2 | 2014-09-21 23:14 | 古機巡礼 | Comments(1)

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Flexaretを買ったのは確か2007年の年末、マラーストラナにあるアンティークショップで見かけ、そのときは手持ちが無かったので翌週訪れたら既に売り切れていた。仕方ないのでいろいろ調べてみると、それはFlexaretという2眼レフのカメラ、なかでもFlexaret6というモデルが一番安定した作りで良いというので、FOTO SKODAに向かい、綺麗な1台を入手した。

真冬に持ち出して試し撮りをしたが、当時は現像に出すところもわからず、しばらくそのままにしておいた。春になり郊外に菜の花畑を見に行くのでデジカメとFlexaretを持ち出した。
いざ写真を撮ろうとデジカメを持ち出すとメモリーを入れるのを忘れていた。
仕方ないのでデジカメで露出を計り、Flexaretで撮ることにした。

当時は12枚のフイルムでさえ充分な枚数だった。
現像に出してあがりを見た時驚愕した。

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素人というのもあり、当然デジカメのほうが画質が良いものと思い込んでいたので、クリアで実在感のあるその写りに驚いた。これはデジカメの比ではない。いままで使ってきたカメラは何だったのかと。
それ以来フイルムカメラにハマることになる。

当初買ったモデルはファインダーレンズが80mm,F3.0というもの。
しばらくして綺麗なⅠ品を見つけたので良く比べてみると、そのモデルのレンズはテイクレンズと同じBelarを使っていた。

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その後、6型のブラックモデルを入手。買えるだけ買おうと、6型だけで6台くらい持っていた気がする。今は3台になったが今でも使うのは最初に買ったモデルだ。

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フレアもゴーストもでる、現代レンズと比べればたいしたレンズではないかもしれない。
とはいえ同年代のRolleiと比べて、写りだけ言えばそれほど悪いのものでもないし、むしろその圧迫感の無い柔らかい写りは独特の世界。

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例えばこんな写真が撮れてしまうと自分の腕とカメラを妄信してしまう。
たとえそれがその環境がなせる技だということがわかっていたとしても。

このところほとんど持ち出すことがなくなったFlexaretだが、手放せないでいるのはこうしたことが理由なのである。

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by shangkato2 | 2014-09-15 22:43 | 古機巡礼 | Comments(4)

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Vitessaを購入した頃はようやくカメラ遊びが乗り始めてきた頃であり、山縣氏の『クラシックカメラで遊ぼう』という書を買った後で、こんなカメラが買えたら良いなあと思っていた頃だった。

チョートク先生のブログで出てくる例の教会の前のカメラ屋。

ここは平日の午後しかオープンしておらず、たまに近隣で用を作ってわざわざ訪れたにも係らず休みだったり、なかなか覗きに行けないカメラ屋だった。そのためこのカメラ屋に行けたのはプラハ滞在時に4、5回だったと思う。

たまたまプラハ市内で用ができたので帰りがけに寄り覗いてみた時に、このVitessaを見つけた。
ガラスケースから出してもらい、シャッターの調子や絞りの開き具合をチェックし、最後にセレン露出計の具合を見ようとするも、光の少ない夕方、しかもこのカメラ屋の中は暗いのでセレンの反応が悪く動いているのかわからなかった。

そうしていると眼鏡の店主はカウンターのライトに近づけ、針が動いているのを確かめながら渡してくれて一言。

『Perfect!!!』

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作りは素晴らしいし、その煙突のようなフランジャーと呼ばれる棒状のシャッターチャージの個性的な佇まいに満足し、あまりこれで写真を撮った記憶は無い。最初はあまりたいしたこと無いと思っていたが、Prominentを使ってNoktonの写りに痺れて、再度使ってみたらUltronはなかなかいいレンズということがわかった。

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帰国してからは一度も使っていない。写真を撮るのにちょうど良いサイズ感であるのだがフイルムカメラを持ち出す機会が減った今、出番はせいぜいコンタックスくらいとなっている。

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Prominentは一度行ってみたかったウイーンのカメラ市。そこでイタリア人のバイヤーから購入。
NoktonとDynaron 100mmという望遠付きで、最初は100mmは要らないと言ったのだが、一緒でないと困ると言われ多少まけてもらい購入した。

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週末買ったカメラの試射は、すぐできればするのだが、それができないと通勤バッグに押し込め、通勤途中やランチの合間に撮ったりしていた。

この時もピルゼンでのランチの後にそのあたりで撮った。
カラーの色合いも良いし、固すぎず柔らかい写りながら解像度も高く、Noktonというレンズの写りに感銘を受けた。標準レンズではヘリゴンと双璧の好きなレンズになった。これに比するとゾナーやクセノン、プラナーも2番手以下となってしまう。

しかし、試射したのを最後にシャッターが動かなくなってしまった。
そのためフイルム1本だけしか使うことができなかった。

帰国後何処かで直そうかと思っていたら有楽町にあるカメラ屋でボディだけが格安で売っていたので購入。なんどかフイルムいれて持ち出したが、全部撮りきれないため眠ってしまっている。

どちらも思い出の詰まったカメラだから手放したくはないが狭い日本の兎小屋。
ただでさえ本とオーディオで狭い部屋を整理しなければならない。

どちらかは手放さなければと思っている。


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サイズ感が絶妙だ、と思いながら使っていたが、よくよく比べてみるとバルナックライカと横幅はほぼ変わらない。
普遍的なサイズというのはあるようだ。

手放さなければと思いながらいじりはじめると、だんだん惜しくなってくる。
せめて後20台は減らさなければならないが、なかなか思い切れない。


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by shangkato2 | 2014-02-22 11:51 | 古機巡礼 | Comments(4)

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スデク、コウデルカといった世界的な写真家をはじめ、写真文化の発達したチェコでは多くの素晴らしい写真家がいるが、この人ほど写真家とは知られていない優れた写真家はいないだろう。

カレル・チャペックはチェコの国民的作家であり、園芸家としても著名でもある。
ノーベル賞候補となったにも関わらず、本人が辞退したという話もある。

彼の書で“ダーシェンカ”というフォックステリアの成長の話がある。
愛らしい写真と兄であるヨゼフが書いたイラストで絵本としても人気の一冊である。

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この写真を撮ったのが当のチャペック本人であり、実は当時のチェコの写真家協会にも名を連ねていた写真家でもあった。とは言っても商業写真で生きていた訳ではないので、多くの写真集を残している訳ではないが、静物写真や知人のポートレートなどは玄人はだしである。

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T.G.マサリクとは個人的に親交があったそうで、かなり多くのポートレートが残されている。しかも秀逸である。
マサリクの写真としてでてくるものの中に多くのチャペックに撮られたものを今でも見ることができる。

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でもやはりダーシェンカの写真、この愛らしい写真だけでも見る価値がある。
おすすめの写真家である。

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by shangkato2 | 2013-02-03 20:54 | 古機巡礼 | Comments(2)



Josef Sudek(ヨゼフ スデク)と Jan Reich(ヤン ライヒ)

ちょっと写真に詳しい人なら、この二人の関係はご存知の方も多いと思う。

Josef Sudek , Jan Reich , Tomio Seikeの関わりとなると多少説明を要する。


まだチェコにいる頃。ご近所に住んでいるのになかなかお会いできなかった写真友達のご夫妻NさんとMさんがいる。彼らはワタシのようなゲテモノカメラではなく、ハッセル、ローライ、ライカと正統的な機材を使われている。撮られる写真もセンスの良いものだ。2年くらい前にようやく実際にお会いできて、美味しいレストランに連れて頂くようになった。奥様が呑兵衛というのも打ち解けるのにそれほど時間を要しなかった。


あるときNさんから電話をいただき、ある写真家の人がプラハにいらしており、同席しないかとお誘いを受け二つ返事で快諾した。実は当時お名前聞いてもピントこなかったので、よく調べてみると写真は何度も見かけていた写真家だった。

それがTomio Seike, 清家冨夫氏だった。


プラハのビアホールで待ち合わせし、Nさんと清家氏ご夫妻と歓談をすることになった。
尊大なところもなく、上品な紳士といった感の方で、奥様も明るい気さくな方で、初めてお会いする方々とは思えないくらいに時間が進むのが早く感じた。


清家氏の話では、もともとJosef Sudekにはかなり興味があったらしく、その被写体であるプラハに心惹かれるものがあったそうだ。その流れとしてJan Reichに会える機会ができたのだが、その機会は残念ながらJan Reichの死で叶うことは無かった。
プラハ来訪でこの街を大変気にいり、今度はある程度長い期間滞在したいということだった。


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Sudek話になった際、清家氏がずっと気になっていることを聞いた。


Josef Sudekの作品のほとんどは大判カメラを使って撮られているが、一時期中判を使うこともあった。
なんどか使ってみたが、彼の求めているものには中判では情報量不足で満足できなかったらしい。

しかし清家氏はその中判、なにを使っていたのか非常に気になるということだったので、調べてくれないかとお願いされた。

Sudekが担ぐこのカメラ。
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カメラの形状、蛇腹の開く位置、金具の曲がり具合、いろいろ照らし合わせてみたが、なかなか特定はできなかった。

そんなある日、行きつけのカメラ屋に行く。

例のヤンさんの店である。

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ヤンさんは70歳くらいの白髪の方で、もともとこの店の先代の番頭だったそうで、先代が引退する際に店を譲り受けたそうだ。
当然Sudekのことは知っているだろうと思い、買い物次いでにヤンさんに聞いてみることにした。

そうすると簡単に、
“スデクはこの店にも良く来たよ”

はじめから聞いておけば良かった。
Sudekの写真を見ながら話を聞くと、カメラの正体はどうやらアグファだそうだ。
おそらくAgfa Billyという6x9のフォールディングカメラだろう。

http://www.thecamerasite.net/03_Folder_Cameras/Pages/agfabilly.htm

ただしスデクのことだから、必ずしもレンズはアグファではなくDagorとかWollensakあたりじゃないかなあということだった。
Sudekはよくヤンさんの店で、そのあたりに転がっているレンズをちょくちょく買って帰ったそうだ。
ヤンさんの話ではスデクは意外と面倒くさがり屋で、カメラにレンズを唾つけて貼付けていたという話も聞くことが出来た。

そのままその話を清家氏に報告すると、AGFAという答えに納得されていた。
その宿題は3ヶ月越しで解決することができた。

帰国してしばらくして清家氏とお会いできる機会があったのだが、残念ながら都合が付かず、結局いまだにお会いできていない。

ただOVER LOOKの写真展は見に行き、写真集も入手した。
OVER LOOKのコンセプトは、氏の住まいから覗いた日々移り変わる風景。

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スデクがナチス占領下に自分のアトリエの窓から撮った写真がある。
解釈は異なるが、その写真を見る思いがした。


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by shangkato2 | 2012-11-23 12:15 | 古機巡礼 | Comments(8)

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このカメラは古機というほど古いものではないが、すでに30年は経過しているからマニアでもない人には古いカメラと認識されるものだろう。

初めて買った本格的な一眼レフがRolleiflex SL35だった。
2週間くらいのうちにボディ2台と135ミリと200ミリを入手したが、その後なかなかこのマウントのカメラもレンズもあまり見かけることはなかった。

2010年の帰国のとき、ツアイス研究の大御所、竹田さんにこのSL2000fを譲って頂いた。
ほとんど使っていないので綺麗なものだった。
ただしばらく使うと、プラナーの絞りがちょっとおかしくなった。

このカメラを入手してチェコに戻ると、立て続けに35ミリと28ミリを入手した。
とくに35ミリ、ディスタゴンはお気に入りのレンズとなった。

甲高いシャッター音は意外に官能的でライカR4と並んで良く使うようになった。
できればもう1台同じボディか3000という後継機があるのでそれが欲しかったが、なかなか見つかるカメラでもなかった。そうはいってもSL35MもVoigtlander VSL3Eも持っていたので困ることは無かった。

フィルムバックの交換できるシステムということであれば当時と言わず現在でも進歩的なシステムであり、他のメーカーが真似せず、35ミリ一眼レフの形の主流にならなかったのは残念だ。この形が主流になれば1台のカメラでアナログとデジタルの共存が可能であったかもしれない。

独創的なカメラで、よくRolleiはこんな35ミリ一眼を考えだしたなあと思ったが、元ネタはZeissだそうだ、Zeissがカメラ事業から撤退する直前の1971年頃にProjekt2000というプロトタイプがあり、どうやらそのプロジェクトをRolleiが引き継いだようだ。

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そういえばオリンパスOMのプロトタイプもこういうタイプだった。
残念だがOMはあの普通の形だから普遍的な名機になれたのかもしれない。

もはやSL2000fにはカメラマニアの自己満足の道具でしかない。
しかしそういう存在も悪くはないのかもしれない。

1枚目の画像のグリップはたまたま訪れた千曲商会で見つけた。
もっと使いたいと思いながらも、その官能的な甲高いシャッター音は日本のような殺伐したところでは警戒されるだけなのでなかなか持ち出せないでいる。

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by shangkato2 | 2012-11-11 23:02 | 古機巡礼 | Comments(4)

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プラハでカメラ買いにハマれば間違いなく田中長徳氏に行き着く。

カメラ買いを始めてから、しばらくするとチョートク先生なる写真家がアトリエを持つプラハに度々訪れカメラを買いあさっているようだと聞き及ぶ。
氏のブログを見つけ、プラハでのカメラ買いの『戦果』を拝見すると、眼を付けていたものをタッチの差で買われていたり、掘り出し物を見つけられているのを拝見した。
それ以来、めぼしいモノを見つけたときは躊躇わず買うことにした。

初めてお会いしたのは2009年の年末頃だったように記憶している。
ブルノ出張で帰りに寄ったカメラ屋で格安のKマウントのアンジェニューズームを手に入れたので、手頃なKマウントのカメラを探しにFOTO SKODAに言った時だった。
どこぞで見かけた記憶のある白髪の日本人。『さて、どこでお会いした人だったっけ?』と考えてみると、そういえばあのチョートク先生だ、というので物色中のチョートク氏に話しかけた。

この店で友人と待ち合わせということだったが、『今日はどんなカメラをお持ちですか』という季節の挨拶に、ローライ35とアンジェニューズームで挨拶返しをした。
そこでアンジェニューズームのいろいろなお話を伺っていると、ご友人(氏のエッセイでたびたび登場するプラハのP氏)が来られたので失礼することにした。

その時に名刺と来年向かいのカフェルチェルナで写真展を行うので是非とお誘いを受け、お別れした。
尊大な様子もなく気安く話しかけてくれる“カメラ好きの近所のオジサン”風だったが、実は隙のない目付きをしており、氏の同年代の人にはない緊張感をもっている。フリーの写真家でやっていくのはそれだけ毎日緊張感に包まれているのだろう。
本当はKGBのエージェントだったりするかもしれないが、本質をつきすぎると次回お会いした際にフォトスナイパーから実弾打たれる恐れがあるのでやめておく。

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個展の連絡をメールでも頂き、オープニングセレモニーがあるというので仕事帰りにピルゼンから向かった。到着するとセレモニー自体は既に終わっていたが、チョートク先生はまだおられたので小1時間ほどお話した。カメラの話というよりも、ワタシの業界の話になった。氏はヨコハマにある氷川丸の写真集を撮られていたり、意外に物流の業界に関わりが深く、ワタシのカメラ狂いの発端になった山縣氏とも懇意で、なかなか興味深い話が聞けた。
そのうちなにか会社関係の行事で写真のお仕事があれば頼むのも面白いかもしれない。

その後、2010年の冬、雪の降る中、氏の宿泊しているホテルの近くにあるビアパブでオフ会を行い、秘蔵のContax1のシルバーフェイクをお見せし、あまり実用にはなりませんけどね、という話をすると『こういうものは実用にならなくてよいんです』という含蓄のあるコメントを頂いた。

2011年、氏のご友人の土浦に住む写真家がプラハでパノラマ写真展を行うというので楽しみにしていたが、残念ながら帰国となってしまい、拝見できなかった。

帰国後、一度門前仲町のカフェですれ違ってご挨拶はしたが、なかなかプラハのように気軽にご一緒することもできずにいる。
カメラ買いと一緒でプラハにいるからできることが多いことに最近気づいた。
また、どこかの国に赴任したら、そこに現れた氏とビールでも飲みながらプラハ談義をするのが良いのかもしれない。

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プラハのパブでご一緒した帰りに雪道を登って行く氏の後ろ姿はなにかスデクがカメラ担いであるく後ろ姿に重なって見えた。

どちらもワタシにとっての師である。


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by shangkato2 | 2012-11-04 14:20 | 古機巡礼 | Comments(6)

古機巡礼 7 Leica DⅡ

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Leica D2, Voigtlander 15mm F4.5

2008年の夏。
プラハ郊外の蚤の市でライカDⅡを入手した。
Voigtlander 20mm,いわゆるコシナ製のLマウント付きだった。
手持ちの金との駆け引きでかなり安く入手した。
これが初めてのライカとなる。

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Jupiter8M

ライカ純正レンズは高いので自ずからソビエトレンズのお出ましとなる。

Jupiter8Mも蚤の市でジャンクのゾルキーを買ったときに付いてきたものだった。
Sonnarを祖とするから元の設計に間違いは無いし、オリジナルよりコーティングが進化しているから人民のための余所行き仕様としては間違いのないもの。
Induster22は見かけはエルマーだが、中身はテッサー。その描写も悪いはずもない。
それも当然のことで崇高なるソビエト連邦下の人民のためのカメラであるから、ブルジョアの玩具であるライカとは訳が違う。人民の幸福と真実を映し出すための道具であるから右派日和見主義であるエルマーなんかと比べてはいけない。
Jupiterは人民の上に君臨し、テッサーはその母たる国母、エルマーはたかだかテッサーのモノマネにすぎないのだ。

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Induster22

唯一所有の15ミリ超広角。
これはフォトシュコダで見つけたが、すぐに欲しくなった。
こういう広角がどういう絵を見せてくれるかも興味があったが、普段使いの28ミリくらいではチェコの風景を収めきれないという感もあったからだ。

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この広角で何を考えたか。
スデクのような写真を撮れないか、これをなんとかパノラマに展開できないかということ。

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とりあえず上下トリミングしてごまかした。
プラハにいる間にパノラマカメラを入手して撮ってやろうと思っていたが、結局叶わなかった。
もういくことはないと思うだけに、ただただ望郷の念がつのるだけである。

が、やはり行くなら中国だろう。
こんな時期だからこそ行ってみたい。
カメラをはじめてからの眼で中国を見てみたい。
ヨーロッパでは思わなかったが、中国なら、そのあたりの写真家では撮れないものも撮れる気がする。
なぜなら思い入れが違うから。

夢、中国を舞台にした歴史小説、挿絵ならぬ挿入写真を自分で撮る。
そうした本をいずれは出版したい。

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by shangkato2 | 2012-10-13 22:39 | 古機巡礼 | Comments(7)

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2008年の夏、ライカR4を手に入れた。レンズは35mm Elmarit-R, 60mm Macro, 135mm Elmarit-R, 35-70 F3.5 Zoomのセットだった。

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 R4、マクロエルマリート60mm,Provia100
“R4での初ショット”

それまではほとんど露出計がついていないようなクラシックカメラばかりで、この時初めて自動で露出を計測してくれる‘現代’カメラを入手した。
Flexaretから始めたカメラ遊びであるから、カメラの進化論を自分の時間の中でも進めなければならない。ようやくワタシにも進化の風が吹いたというべきか。
AEカメラの快適さに、不思議と感銘を受けた。今更デジタル、AFの時代にAEとはいえマニュアル操作のカメラというものに進化を感じるのもよほど原始人なのだが、それでもよほどAFカメラよりハイテクに感じてしまった。

特に、R4セットを購入後しばらくして28mmのエルマリートを入手してからR4使用の頻度が増加した。28ミリの大胆な描写と60ミリマクロの繊細な描写、もしかしたらこの2本だけで自分の写したい物は完結するんじゃないかと思った。

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Macro elmarit-R, TX400

あるときLFIのモノクロポートレートを見たときにレンズを見るとマクロエルマリート60mmだった。その描写はズミルックスで撮ったものより好感が持てるものだった。どうしてもこのレンズでポートレートが撮りたいと思ったがなかなかそんな機会はなく、あるときマイセンの記念行事のときに工房が開放されるというときに見学に行き、その中を撮ることにした。
とても満足する結果だった。

いまだに他のレンズが欲しいという気持ちもあるが、このR4というカメラ自体の感触と出来も良いのも
長く使っている理由の一つだろう。決してミノルタと同じではない。
ちょっと調子が良くないからボディを増やしたい。値段と使い勝手のバランスからR5あたりが良いかもしれない。高いだけのR6や6.2にはあまり興味ないし、R8あたりも格好よいが、R4からR5に連なるカメラの軽快さには叶わない気がする。

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by shangkato2 | 2012-09-25 00:27 | 古機巡礼 | Comments(10)

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チェコの写真家といえば定番なのだが、どうしてもJosef Sudekは外せない。
最初に知った写真家が彼であったのは幸せだったかもしれない。

いつだったかリベレツというチェコの北部、プラハから100kmほどのところにある大きな街だが、日系工場がその工業団地に数社進出しているので度々訪れていた。冬場は雪も多く、ナビのとんでもない指示に従って雪深い裏道に迷い込んだこともある。たしかスキーの世界大会が開かれたりするくらいだからたしかに雪国なんだろう。
その街のスクエアのちょっと外れたところに新書も古本も、それにアンティークもおいている本屋があり、そこでスデクの名作パノラマを格安価格で見つけた。といっても日本で20万するその書だから、チェコの物価からしたらそこそこ高い、6000コルナ、3万円ほどの価格だったが手持ちが無くてあきらめた。その書店はチェコには珍しく土曜も開店しているから、スクエアにあるレストランの美味しいケーキをエサにかみさんを、その週末に連れ出したときには既に売り切れたあとだった。

そんなこともあり無性にスデクの写真集を集めだした。

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パノラマが有名だからそれしか撮っていないのかというと、そういう訳でもなく大判メインでチェコの風景中心に作品を撮っている。中でも一番好きなのは、Suprahonというチェコのレコードレーベルの依頼でヤナーチェックの故郷を撮った写真集だ。パノラマに見られる緊張感とは無縁ののんびりしたチェコの田舎を写したいい写真集なのだ。

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クーデルカはwikiあたりだとフランス人だと書かれているが、正真正銘のチェコ人。プラハの春のソビエト侵攻を撮った写真家として有名で、当然その写真集が欲しいと思っていたが、帰国ぎりぎりまで、いつでも買えると思い直前に慌てたため買えず、このCikaniという写真集になった。

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Cikaniとはチェコ語でジプシー(ロマ)の意味で、60年代に東欧のロマを意欲的に撮っているドキュメント写真集。チェコに限らず東欧でロマ人は非差別階級で、信じられないくらいの差別を受けている。それをチェコ人のクーデルカがその中に入り込んで撮っている。近年はパノラマで社会的な写真を撮っているようでそういう写真も良かったのだが、この頃のギラギラした生命の貪欲さを味あわせてくれる凄い写真ばかりにただただ圧倒されたので結果素晴らしい写真を入手して満足している。

早く気づいてもっと買ってくるべきだった。


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ヤン・ライヒは現代チェコで最も美しい写真を撮る写真家と評されている。
スデクの直弟子と言われるが、実際はご近所同士だったので、自然と影響されたのが真実だそうだ。プラハ城近くに写真館があったらしいが結局行けずじまい。
2009年に亡くなられており、どこかですれ違っていた可能性もなくないが、そういうことにはならなかった。ワタシのチェコ滞在はどこか中途半端だ。
直弟子と言われる所以は伊達ではなく、実際にスデクの大判カメラのいくつかは彼が所有している。レンズはどこまでも繊細な絵が欲しいのでニッコールだそうだ。

是非大判に手を出したかったが、今となっては。
なぜか帰国後は写欲が激減してしまったから、今更新しいフォーマットに手を出しても使わずじまいの気がするからだ。

しばらくしたらまたチェコに再訪し、買えなかった写真集と、まだ満足に撮っていないチェコの大地を撮りたいものだ。そのときは日本から機材を持って行く必要は無い。
今度こそヤンさんの店で大判買って、スデクやライヒ気取りするのも良いかもしれない。
ヤンさんの店はスデクの御用達でもあるのだ。
それを知った経緯はまたなにかの機会に書こうと思う。

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by shangkato2 | 2012-09-17 22:49 | 古機巡礼 | Comments(12)

上海狂人日記  カメラ編   Flexaretのプリントを見て驚愕。 それからカメラ沼に嵌る。 日々是増殖中 目標100台達成!!!