誰か買わないかなあ。

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Flexaret 6
4台あるので1台放出

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Contessa3姉妹
あまり興味ある人はいないかな。
zeiss最高のエントリーモデル

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Kiev3と4
3は露出計は動いてません。
4は一度シャッターオーバーホール済み。

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Contax3
露出計は動きません。
シャッターは動いてます。

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Topcon RE super
シャッターチャージレバーの感触はライカM3と双璧。
58mmF1.8の描写も繊細で良し。

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Zenit3M + 58mm F2 + 135mm F4
ソビエトカメラにしては良い作り。

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Retinaflex + Contaflex super
レンジシャッター一眼レフの最高峰
RetinaflexはRetinaと同感触。
Contaのテッサーは最高のテッサー。

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Koni Omegaflex
2眼界のラ王
こいつは高いよ。

ご希望の方は鍵コメへ。
それぞれバラ売りご免。
送料別。
手渡し可ならバラ売り考慮(東京23区)


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by shangkato2 | 2012-10-21 21:48 | カメラ | Comments(11)

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Canon F-1, 50mm F1.4 SCC, Irford XP400

今日とある旅番組でアルベロベッロとアルザス、エギスハイムが紹介された。
どちらも行った街だった。前者では料理の量に圧倒された。後者はワインと花の街、美しい街だった。

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最近は綺麗な北京語を聞くとうっとりしてしまう。
フランス語が美しい言語と言われるが、やはり綺麗な北京語は一番美しい言語だと思う。

仕方が無いのでレンタルビデオ屋で中国の娯楽映画を借りて見ているが、CGの使い方がうまい。なんで日本の映画はあんなに下手なんだろう。日本人に美的感覚はないのではと思うくらい、日本のCGのレベルは低い。CGの技術力が低いのではない、その使い方が駄目なのだ。

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美的感覚、遊び感覚、その感覚に欠ける。
技術の日本、まだまだモノマネ中国なんかに負けるものか、と思っていたが。
なにか芸術気取りの映画ばかりで純粋に娯楽を楽しむ感覚に欠ける。
中国映画はハリウッドと張り合えるが、日本映画はおそらくこの先も無理だろう。


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by shangkato2 | 2012-10-20 22:33 | Canon F-1 | Comments(2)

The ヨコハマ

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Sigma DP-1s, RAW現像

ヨコハマでの仕事帰り。
ちょうど夕日がいい具合に。

生まれ育った街だが、こういう風景は最近まで見たことが無かった。
去年ここで残業しながら、コーヒーブレイクに同じ場所の夜景を見ていた。

なにかむなしさを感じながらも日本に戻ってきてしまった実感が湧いた。

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by shangkato2 | 2012-10-16 21:58 | Sigma DP1S | Comments(4)

古機巡礼 7 Leica DⅡ

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Leica D2, Voigtlander 15mm F4.5

2008年の夏。
プラハ郊外の蚤の市でライカDⅡを入手した。
Voigtlander 20mm,いわゆるコシナ製のLマウント付きだった。
手持ちの金との駆け引きでかなり安く入手した。
これが初めてのライカとなる。

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Jupiter8M

ライカ純正レンズは高いので自ずからソビエトレンズのお出ましとなる。

Jupiter8Mも蚤の市でジャンクのゾルキーを買ったときに付いてきたものだった。
Sonnarを祖とするから元の設計に間違いは無いし、オリジナルよりコーティングが進化しているから人民のための余所行き仕様としては間違いのないもの。
Induster22は見かけはエルマーだが、中身はテッサー。その描写も悪いはずもない。
それも当然のことで崇高なるソビエト連邦下の人民のためのカメラであるから、ブルジョアの玩具であるライカとは訳が違う。人民の幸福と真実を映し出すための道具であるから右派日和見主義であるエルマーなんかと比べてはいけない。
Jupiterは人民の上に君臨し、テッサーはその母たる国母、エルマーはたかだかテッサーのモノマネにすぎないのだ。

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Induster22

唯一所有の15ミリ超広角。
これはフォトシュコダで見つけたが、すぐに欲しくなった。
こういう広角がどういう絵を見せてくれるかも興味があったが、普段使いの28ミリくらいではチェコの風景を収めきれないという感もあったからだ。

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この広角で何を考えたか。
スデクのような写真を撮れないか、これをなんとかパノラマに展開できないかということ。

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とりあえず上下トリミングしてごまかした。
プラハにいる間にパノラマカメラを入手して撮ってやろうと思っていたが、結局叶わなかった。
もういくことはないと思うだけに、ただただ望郷の念がつのるだけである。

が、やはり行くなら中国だろう。
こんな時期だからこそ行ってみたい。
カメラをはじめてからの眼で中国を見てみたい。
ヨーロッパでは思わなかったが、中国なら、そのあたりの写真家では撮れないものも撮れる気がする。
なぜなら思い入れが違うから。

夢、中国を舞台にした歴史小説、挿絵ならぬ挿入写真を自分で撮る。
そうした本をいずれは出版したい。

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by shangkato2 | 2012-10-13 22:39 | 古機巡礼 | Comments(7)

上海に赴任して半年。

ワタシの勤務する上海の西側の倉庫は街から離れているとはいっても、まだ上海の“西側”だった。
上海の黄浦江という川を挟んで西と東にわかれるので、浦西と浦東とそれぞれ呼ばれていた。
上海の西と東にそんな違いがあるかというと、昔は川の上流から死体が流れ着いたり、無縁仏を埋めるような土地だったということで東側は忌諱されていた。
それが浦東を政府が開発にするに従い、未来都市のようになっていき、万博がとどめを刺すように都会へと変貌をしたが、元から西側に住む人間からすれば悪い印象は拭えなかった。

会社には西側と東側とあると言ったが、東側は日本人は常駐しておらず、合弁先の運送会社から派遣された中国人T氏と日本語堪能なL氏が実質現場を率いていたのだが、そのL氏がO氏に愛想をつかして辞めることになった。いろいろいきさつはあったが結局辞めることになったため、そこにワタシが送られることになった。

元からO氏から、あそこは勝手なことしていると言われ、中国側合弁先から派遣されていたT氏なんてのは諸悪のの権現みたいに言われていたので、移動することに大変不安を持った。

しばらくは警戒しながら東側のスタッフ達とつきあっていたが、だんだん打ち解けて行くとO氏が言っていることと正反対で、特にワタシと一回りくらい年のちがうT氏はワタシを弟のように可愛がってくれた。
T氏は人民解放軍の補給部隊で従軍経験があり、その際に爆発事故に巻き込まれ、足に軽微ながら障害を残すことになったが、軍の福利には手厚い中国のこと、彼の持つ障害者手帳があれば飛行機とタクシー以外の公共機関はただで乗れ、通院も無料だということだったが、彼はそれを気にする風でもなく陽気に語っていた。

たった半年の付き合いだったが、数十年を共に過ごしてきたように思えた。
ワタシは2001年早々に会社を辞めたが、そのT氏もしばらくすると、先に辞めていたL氏と会社を作り、会社を辞めた。そのかわり彼はその東側の会社のスタッフを根こそぎ連れて行った。

会社を辞めても付き合いは続き、チェコに赴任してから、一度連絡をした。
2年くらい前にO氏と一緒に新しい会社をやっているL氏に連絡をするとO氏は亡くなったということだった。癌だった。亡くなる数年前に癌で入院したと聞いたが手術に成功し元気にやっていると聞いていたし、一緒に働いていたころの底抜けに明るい彼の笑顔が脳裏にあったから俄に信じることはできなかった。

そのメールを見ながら、しばらく涙が止まらなかった。

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by shangkato2 | 2012-10-08 22:51 | 雑記 | Comments(2)

“小さな秋”

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Voigtlander VSL-3E, color-ultron 50mm, AGFA Precisa

ヨーロッパの秋はそれほど美しくない。
日本のように紅葉にはならず、葉が黄色くなってしまう黄葉になってしまうからだ。
でも自然が多いから身近に感じることができる。

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待望の日本の秋だったが、わざわざ出かけて行かないと秋を感じることができない。
もっと四季を感じることができる国だと思っていたが。

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Leica R4, Valio-elmar 35-70, Provia F

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季節が極端で、あっという間に夏が終わり、短い秋が来たと思ったら、長い冬。
日本の四季が一番と思っていたが、季節というのはそれぞれなんだ、そんな単純なことに今頃気づいた。

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Leica R4, Elmarit-R 135mm, Kodak Elite-color

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Leica R4, Vario-elmar 35-70mm, Kodak Elite-color


でもやっぱり秋はこれかな。


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Leica R4,Vario-elmar 35-70mm, Fujicolor X−tra 400

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by shangkato2 | 2012-10-07 12:35 | 街角スナップ | Comments(6)

前に書いた上海で働いていた会社でのこと。

ワタシの前任は60代の男性だった。東さん(仮名)とする。
彼の契約が切れるから後任ということらしかったが、実質はクビも同然だった。
責任者のO氏とその頃某大手商社から出向で来ていた若い男性のA氏がワタシの上司だったのだが、2人からは、その東さんは相当ひどい人で、仕事中には居眠りするし、仕事もミスが多いといわれた。

1ヶ月弱、彼と引き継ぎを始めた。
普通の人の良い関西のおじさんで、自分がクビになるということも理解していないんじゃないだろうかと思えるほど明るい人だった。
朝は7時には会社に行き、シャッターを開けて作業員が来るのを待っている。愛想の良いオジサンだから、会社のあった物流センターの中国人の警備員や食堂のオジサンらにも好かれている、本当に良い人だった。
たしかに昼飯を食べ3時頃になると自分の机で、こっくりこっくり居眠りを始める。周りの中国人も“おじいちゃんだから仕方ないね”と微笑ましく眺めている。

だが実はそこに落とし穴があった。

会社に30歳くらいの女性がいた。Zさん。
嫌みなくらい色気のある女性で、日本語も話せるのだが、あまったるい猫なで声で、あまり好感が持てるものではなかったが、愛想と男の扱いはうまいので、嫌悪するまでには至らなかった。
入社して1ヶ月ほどして教えてもらったのだが彼女の正体は責任者のO氏の愛人だった。
数年前にとあるナイトクラブで常連客となり、ねんごろになったらしい。周りの社員もプライベートには口を出さなかったが、ある時中国人の幹部たちに、その女性を会社に置きたいと言ったらしい。

もちろん周りは大反対。プライベートでいくら女遊びしても構わないが、会社には持ち込まないでくれという懇願も聞き遂げられず、無理矢理入社させてしまったそうだ。
流石にワタシが入社した頃はなかったが、そのZさんは、当初は夜の世界と二足の草鞋だったため、朝出社すると昨晩にお客さんから貰ったチップの束を、自分の席で数え始め、満足すると、そのまま座席で居眠りしてしまったそうだ。

O氏はちょっと変態的な性癖を持っていた。
女性との営みを隠れて録音する。そしてそれを後で楽しむ。

ある時宿泊先のホテルでO氏とZさんの営み中、やはり隠れて録音をしていたら、Zさんに見つかってしまった。その後のZさんは発狂し、O氏の顔面をひっかきむしり、ホテルの窓を開けて自殺騒ぎを起こすし、とうとうO氏もどうにもならなくなり、彼の片腕だったP氏に助けを求めた。

翌朝、顔を傷だらけにしたO氏と笑みを浮かべながら出社してくるP氏の姿があったそうだ。
それからO氏はP氏に頭があがらなくなり、彼の専横を許すことになる。
P氏もかしこい人だから、うまくO氏を上に立てながら自分の都合の良いように会社を仕切って行く。

こうした人たちが社内にいるのだ。
要はO氏は子飼の中国人に他の社員をスパイさせているということだ。表では微笑ましく年寄りの居眠りを見ながら、裏ではその居眠りを糾弾する。
更にずる賢いのは、日本人に大しては中国人はちゃんと仕事をしない、だからお前ら日本人を置いているんだ、きちんと監視しておけ。
O氏というのは社員同士をあまり仲良くさせない。お互いを反発させながら、そのバランスの上で、自分はうまく会社を経営していると思っているような人だったのだ。

彼の方針に反発して本当に優秀なスタッフがたくさん辞めていった。それは日本人だけではなく中国人もそうだ。ある意味経営というのはそういうところもあるかもしれないが、やり方が露骨で、幼稚なため、自分より優秀だったり、自分の存在感を無視するような存在にであうと、とことんつぶそうとする。

ワタシの世界もこういう要素がパズルのように一部を構成している。
そうしたパズルを組み立てて行ったとき、本当に全てのパズルが綺麗にハマるのか、それとも行き詰まってしまうのか。



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by shangkato2 | 2012-10-06 10:43 | 雑記 | Comments(2)

上海駐在闘争記

忌まわしい最初の会社をアテも無く辞めた。
かみさんに苦労を掛けたが、彼女も共働きだったから、なんとか食いつなぐことはできた。
半年くらい就職活動とアルバイトを続けた。
なかなか次の会社は見つからない。
アルバイトもいろいろやった、パン工場、ベアリング工場の検品、経理助手などなど。

職安にも行ったがあそこでは碌な仕事は紹介してくれない。必要以上に野心をもつことも許されないし、自分の能力以上の会社に挑戦するなんてもってのほか。
面白い求人なんて見つからないので民間のリクルート会社で探すことにした。

ようやく静岡の会社で上海勤務の仕事を見つけた。
新横浜の駅で会社の専務で実質責任者だという人に面接され、やる気さえあればいつでも来なさいといわれた。念願の上海勤務、普通の会社の中国駐在よりは条件も悪いし、1年契約の社員だから怖さもあったが飛び込むことにした。

しかしこの会社もあとあと苦労することになる。その専務(O氏)というのがくせ者だったのだ。結果から言うと99年10月入社し2001年1月付けで退職することになる。

赴任した会社は物流会社で中国内のトラック輸送と倉庫での物流加工業務をメインとする会社だ。上海市内に2カ所倉庫があり、上海の西側と浦東地区、万博会場の近くで、当初は西側の倉庫に常駐した。途中で浦東地区に移るのだが、あるとき某大手商社を辞めてやってきた人が来た。

その人をN氏ということにしよう。N氏は多忙なO氏の代わりに上海会社の社長代行をつとめた。中国語も堪能、繊維関連のプロでワタシが当時行っていたアパレルの検品業務には頼れる上司となった。
しかしそれがいけなかった。
N氏は勝ち気な人で、しばらくしてO氏と決裂してしまう。
ワタシは威張るだけで威圧的なO氏より頼れるN氏寄りだったが、N氏もとうとうO氏に愛想をつかして辞めてしまったので拠り所がなくなってしまった。

ワタシとしては異国の地で辞める訳にもいかず、N氏よりの姿勢を責められながらしばらく過ごすが、そんなところにいつまでもいる気もなく、現地で別の会社に転職することになった。
その会社では5年勤め、仕事には不満は無かったが、そろそろ日本に帰ろうというので、円満退社して今に至る。

この会社で勤めたのは1年少々だったが10年働いたくらい濃厚な期間だった。
O氏やその取り巻きの中国人、愛想尽くして辞めて行った人たち、後々まで苦労を共にした仲間達、その愛憎劇はドラマになるくらい面白いものだが、その話はいずれ書きたいと思う。

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by shangkato2 | 2012-10-01 23:44 | 雑記 | Comments(4)

上海狂人日記  カメラ編   Flexaretのプリントを見て驚愕。 それからカメラ沼に嵌る。 日々是増殖中 目標100台達成!!!