Josef Sudek(ヨゼフ スデク)と Jan Reich(ヤン ライヒ)

ちょっと写真に詳しい人なら、この二人の関係はご存知の方も多いと思う。

Josef Sudek , Jan Reich , Tomio Seikeの関わりとなると多少説明を要する。


まだチェコにいる頃。ご近所に住んでいるのになかなかお会いできなかった写真友達のご夫妻NさんとMさんがいる。彼らはワタシのようなゲテモノカメラではなく、ハッセル、ローライ、ライカと正統的な機材を使われている。撮られる写真もセンスの良いものだ。2年くらい前にようやく実際にお会いできて、美味しいレストランに連れて頂くようになった。奥様が呑兵衛というのも打ち解けるのにそれほど時間を要しなかった。


あるときNさんから電話をいただき、ある写真家の人がプラハにいらしており、同席しないかとお誘いを受け二つ返事で快諾した。実は当時お名前聞いてもピントこなかったので、よく調べてみると写真は何度も見かけていた写真家だった。

それがTomio Seike, 清家冨夫氏だった。


プラハのビアホールで待ち合わせし、Nさんと清家氏ご夫妻と歓談をすることになった。
尊大なところもなく、上品な紳士といった感の方で、奥様も明るい気さくな方で、初めてお会いする方々とは思えないくらいに時間が進むのが早く感じた。


清家氏の話では、もともとJosef Sudekにはかなり興味があったらしく、その被写体であるプラハに心惹かれるものがあったそうだ。その流れとしてJan Reichに会える機会ができたのだが、その機会は残念ながらJan Reichの死で叶うことは無かった。
プラハ来訪でこの街を大変気にいり、今度はある程度長い期間滞在したいということだった。


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Sudek話になった際、清家氏がずっと気になっていることを聞いた。


Josef Sudekの作品のほとんどは大判カメラを使って撮られているが、一時期中判を使うこともあった。
なんどか使ってみたが、彼の求めているものには中判では情報量不足で満足できなかったらしい。

しかし清家氏はその中判、なにを使っていたのか非常に気になるということだったので、調べてくれないかとお願いされた。

Sudekが担ぐこのカメラ。
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カメラの形状、蛇腹の開く位置、金具の曲がり具合、いろいろ照らし合わせてみたが、なかなか特定はできなかった。

そんなある日、行きつけのカメラ屋に行く。

例のヤンさんの店である。

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ヤンさんは70歳くらいの白髪の方で、もともとこの店の先代の番頭だったそうで、先代が引退する際に店を譲り受けたそうだ。
当然Sudekのことは知っているだろうと思い、買い物次いでにヤンさんに聞いてみることにした。

そうすると簡単に、
“スデクはこの店にも良く来たよ”

はじめから聞いておけば良かった。
Sudekの写真を見ながら話を聞くと、カメラの正体はどうやらアグファだそうだ。
おそらくAgfa Billyという6x9のフォールディングカメラだろう。

http://www.thecamerasite.net/03_Folder_Cameras/Pages/agfabilly.htm

ただしスデクのことだから、必ずしもレンズはアグファではなくDagorとかWollensakあたりじゃないかなあということだった。
Sudekはよくヤンさんの店で、そのあたりに転がっているレンズをちょくちょく買って帰ったそうだ。
ヤンさんの話ではスデクは意外と面倒くさがり屋で、カメラにレンズを唾つけて貼付けていたという話も聞くことが出来た。

そのままその話を清家氏に報告すると、AGFAという答えに納得されていた。
その宿題は3ヶ月越しで解決することができた。

帰国してしばらくして清家氏とお会いできる機会があったのだが、残念ながら都合が付かず、結局いまだにお会いできていない。

ただOVER LOOKの写真展は見に行き、写真集も入手した。
OVER LOOKのコンセプトは、氏の住まいから覗いた日々移り変わる風景。

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スデクがナチス占領下に自分のアトリエの窓から撮った写真がある。
解釈は異なるが、その写真を見る思いがした。


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by shangkato2 | 2012-11-23 12:15 | 古機巡礼 | Comments(8)

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このカメラは古機というほど古いものではないが、すでに30年は経過しているからマニアでもない人には古いカメラと認識されるものだろう。

初めて買った本格的な一眼レフがRolleiflex SL35だった。
2週間くらいのうちにボディ2台と135ミリと200ミリを入手したが、その後なかなかこのマウントのカメラもレンズもあまり見かけることはなかった。

2010年の帰国のとき、ツアイス研究の大御所、竹田さんにこのSL2000fを譲って頂いた。
ほとんど使っていないので綺麗なものだった。
ただしばらく使うと、プラナーの絞りがちょっとおかしくなった。

このカメラを入手してチェコに戻ると、立て続けに35ミリと28ミリを入手した。
とくに35ミリ、ディスタゴンはお気に入りのレンズとなった。

甲高いシャッター音は意外に官能的でライカR4と並んで良く使うようになった。
できればもう1台同じボディか3000という後継機があるのでそれが欲しかったが、なかなか見つかるカメラでもなかった。そうはいってもSL35MもVoigtlander VSL3Eも持っていたので困ることは無かった。

フィルムバックの交換できるシステムということであれば当時と言わず現在でも進歩的なシステムであり、他のメーカーが真似せず、35ミリ一眼レフの形の主流にならなかったのは残念だ。この形が主流になれば1台のカメラでアナログとデジタルの共存が可能であったかもしれない。

独創的なカメラで、よくRolleiはこんな35ミリ一眼を考えだしたなあと思ったが、元ネタはZeissだそうだ、Zeissがカメラ事業から撤退する直前の1971年頃にProjekt2000というプロトタイプがあり、どうやらそのプロジェクトをRolleiが引き継いだようだ。

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そういえばオリンパスOMのプロトタイプもこういうタイプだった。
残念だがOMはあの普通の形だから普遍的な名機になれたのかもしれない。

もはやSL2000fにはカメラマニアの自己満足の道具でしかない。
しかしそういう存在も悪くはないのかもしれない。

1枚目の画像のグリップはたまたま訪れた千曲商会で見つけた。
もっと使いたいと思いながらも、その官能的な甲高いシャッター音は日本のような殺伐したところでは警戒されるだけなのでなかなか持ち出せないでいる。

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by shangkato2 | 2012-11-11 23:02 | 古機巡礼 | Comments(4)

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プラハでカメラ買いにハマれば間違いなく田中長徳氏に行き着く。

カメラ買いを始めてから、しばらくするとチョートク先生なる写真家がアトリエを持つプラハに度々訪れカメラを買いあさっているようだと聞き及ぶ。
氏のブログを見つけ、プラハでのカメラ買いの『戦果』を拝見すると、眼を付けていたものをタッチの差で買われていたり、掘り出し物を見つけられているのを拝見した。
それ以来、めぼしいモノを見つけたときは躊躇わず買うことにした。

初めてお会いしたのは2009年の年末頃だったように記憶している。
ブルノ出張で帰りに寄ったカメラ屋で格安のKマウントのアンジェニューズームを手に入れたので、手頃なKマウントのカメラを探しにFOTO SKODAに言った時だった。
どこぞで見かけた記憶のある白髪の日本人。『さて、どこでお会いした人だったっけ?』と考えてみると、そういえばあのチョートク先生だ、というので物色中のチョートク氏に話しかけた。

この店で友人と待ち合わせということだったが、『今日はどんなカメラをお持ちですか』という季節の挨拶に、ローライ35とアンジェニューズームで挨拶返しをした。
そこでアンジェニューズームのいろいろなお話を伺っていると、ご友人(氏のエッセイでたびたび登場するプラハのP氏)が来られたので失礼することにした。

その時に名刺と来年向かいのカフェルチェルナで写真展を行うので是非とお誘いを受け、お別れした。
尊大な様子もなく気安く話しかけてくれる“カメラ好きの近所のオジサン”風だったが、実は隙のない目付きをしており、氏の同年代の人にはない緊張感をもっている。フリーの写真家でやっていくのはそれだけ毎日緊張感に包まれているのだろう。
本当はKGBのエージェントだったりするかもしれないが、本質をつきすぎると次回お会いした際にフォトスナイパーから実弾打たれる恐れがあるのでやめておく。

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個展の連絡をメールでも頂き、オープニングセレモニーがあるというので仕事帰りにピルゼンから向かった。到着するとセレモニー自体は既に終わっていたが、チョートク先生はまだおられたので小1時間ほどお話した。カメラの話というよりも、ワタシの業界の話になった。氏はヨコハマにある氷川丸の写真集を撮られていたり、意外に物流の業界に関わりが深く、ワタシのカメラ狂いの発端になった山縣氏とも懇意で、なかなか興味深い話が聞けた。
そのうちなにか会社関係の行事で写真のお仕事があれば頼むのも面白いかもしれない。

その後、2010年の冬、雪の降る中、氏の宿泊しているホテルの近くにあるビアパブでオフ会を行い、秘蔵のContax1のシルバーフェイクをお見せし、あまり実用にはなりませんけどね、という話をすると『こういうものは実用にならなくてよいんです』という含蓄のあるコメントを頂いた。

2011年、氏のご友人の土浦に住む写真家がプラハでパノラマ写真展を行うというので楽しみにしていたが、残念ながら帰国となってしまい、拝見できなかった。

帰国後、一度門前仲町のカフェですれ違ってご挨拶はしたが、なかなかプラハのように気軽にご一緒することもできずにいる。
カメラ買いと一緒でプラハにいるからできることが多いことに最近気づいた。
また、どこかの国に赴任したら、そこに現れた氏とビールでも飲みながらプラハ談義をするのが良いのかもしれない。

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プラハのパブでご一緒した帰りに雪道を登って行く氏の後ろ姿はなにかスデクがカメラ担いであるく後ろ姿に重なって見えた。

どちらもワタシにとっての師である。


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by shangkato2 | 2012-11-04 14:20 | 古機巡礼 | Comments(6)

上海狂人日記  カメラ編   Flexaretのプリントを見て驚愕。 それからカメラ沼に嵌る。 日々是増殖中 目標100台達成!!!